2012年1月1日日曜日

「研究のサルコペニア」と「臨床のサルコペニア」

サルコペニアには、狭義(加齢による筋肉量低下)から広義(すべての原因による筋肉量と筋力の低下および筋肉量低下による身体機能低下)まで、いくつかの定義があります。このうち、どのサルコペニアを用いるかは、研究目的か臨床目的かで異なると私は考えます。

「研究目的のサルコペニア」であれば狭義のサルコペニアを用いるのがよいと考えます。そのほうが対象となるサルコペニアの高齢者間のばらつきが小さくなりますので、介入研究(例えばレジスタンストレーニング+BCAAを含む栄養剤投与の効果をみるランダム化比較試験)も行いやすく、その効果も出やすいと思います。

実際、サルコペニアの臨床研究は、日本では主に老年医学の専門家・研究者によって行われています。リハ医学や臨床栄養の専門家・研究者によるサルコペニアの臨床研究は少ないのが現状です。今まで日本リハ医学会や日本静脈経腸栄養学会で、サルコペニアという一般演題のセッションはなかったはずです。

一方「臨床目的のサルコペニア」であれば広義のサルコペニアを用いるのがよいと私は考えます。もちろん臨床のセッティングによっても異なります。たとえば健常高齢者や軽症の疾患(二次性サルコペニアの原因とならない疾患)で外来通院する高齢者に対しては、狭義のサルコペニアでよいと思います。

しかし、リハやNSTの臨床場面では、狭義のみのサルコペニアの方はほとんどいません。リハで問題となりやすいのは廃用、疾患(侵襲、悪液質、神経筋疾患などの原疾患)による二次性サルコペニア、NSTで問題となりやすいのは栄養(飢餓)、疾患(侵襲、悪液質)による二次性サルコペニアです。広義のサルコペニア=臨床のサルコペニアです。

サルコペニアの研究では狭義のサルコペニアで行われることが多いため、臨床でも狭義のサルコペニアで考えられがちです。しかし、リハやNSTの臨床場面では、狭義のサルコペニアで考えても、あまり役に立ちません。「研究目的のサルコペニア」と「臨床目的のサルコペニア」のギャップを埋めることが、1つ課題となります。

ギャップを埋めていく方法の1つとして、リハやNSTの臨床場面で常にサルコペニアの存在を疑い、診断・判断していくことが有用です。記述研究でよいので、リハやNSTの臨床場面で広義のサルコペニアに該当する患者がどのくらいの割合いるかを明らかにする臨床研究が今は重要です。

サルコペニアを疑うカルテ内容(キーワード)を羅列すると、体重減少、低栄養、食欲低下、消化器症状、呼吸器症状、貧血、易疲労(体力低下)、歩行困難、疾患の存在(現病歴・既往歴・家族歴の中の、侵襲・悪液質・原疾患)、生活歴(喫煙、大量飲酒)、禁食・絶食、末梢静脈栄養のみ、あたりでしょうか。

検査値では、低アルブミン血症、CRP陽性(0.3以上で要注意)、Rapid Turnover Protein低値、ヘモグロビン低値、クレアチニン低値(0.5以下)、クレアチンキナーゼ高値、窒素バランス負のときに、サルコペニアを疑います。

一番の問題が、サルコペニアの明確な診断基準がないことです。筋肉量低下を認め、筋力低下(例:握力男性30kg未満、女性20kg未満)もしくは身体機能低下(例:歩行速度0.8m/s以下)の場合に診断する、以下のEWGSOPの基準が現状では最もよいと思います。

http://ageing.oxfordjournals.org/content/39/4/412.full

しかし、サルコペニアを疑うすべての患者に筋肉量評価を目的に、CT、MRI、DEXA、BIAのいずれかを行うのは、現状では現実的ではありません。骨粗鬆症の疑いで骨密度を評価する時にDEXAで同時に筋肉量を評価できれば、Sanadaらの日本人の研究と比較して、診断することが可能です。

http://www.jstage.jst.go.jp/article/jspfsm/59/3/291/_pdf

上記研究ではBMIから男女別に四肢骨格筋量を推定する計算式がありますので、それで計算してSMI基準値(男性6.87、女性5.46)以下かどうかでサルコペニアを判断する方法もあります。男性:SMI=0.220×BMI+2.991、女性:SMI=0.141×BMI+3.377

2変量、3変量の計算式もあり、それらを用いるほうが決定係数は高くなりますが、計算が面倒なのでここでは1変量の計算式のみ紹介しています。ちなみに、この式で逆算すると男性でBMI17.6以下、女性でBMI14.8以下の場合にサルコペニアとなります。私見ですが、女性のBMI14.8以下は低すぎだと考えます。

現実的には上腕周囲長や下腿周囲長で臨床では筋肉量低下を判断するのがよさそうです。一番よいのは上腕筋面積(AMA)だと考えます。AMAは上腕筋囲(上腕周囲長-TSF×3.14)の2乗を4×3.14(つまり12.56)で割って計算できます。

昨年2月15日の「がん悪液質の定義と分類:国際コンセンサスその2」では以下のように述べています。以下、引用です。

http://rehabnutrition.blogspot.com/2011/02/2_15.html

ポイントはカナダ人のデータですが筋肉量の目安として上腕筋面積(AMA)が5パーセンタイル以下の場合、サルコペニアと判断してよいとあることです。臨床現場では身体計測以外でサルコペニアを診断することはなかなかできませんので、AMAで判断できるのであればかなり有用です。

ここではAMAが男性の場合<32cm²、女性の場合<18cm²とされています。日本人のAMAのデータは、日本人の新身体計測基準値 jard 2001にあります。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~rokky/siki/JARD2001_09.pdf

これを見ると男性の5パーセンタイルは28.32、女性の55パーセンタイルは20.93となっています。つまり、拡大解釈になるかもしれませんが日本人の場合、AMAがこれらの数値以下であればサルコペニアと判断しても大きな支障はないのかもしれません。AMAを計算して男性28以下、女性21以下であれば、サルコペニアと考えるのがよいと思います。

ちなみに上腕筋囲の5パーセンタイルは男性18.88、女性16.22、上腕周囲長の5パーセンタイルは男性22.29、女性20.60、下腿周囲長の5パーセンタイルは男性28.70、女性26.80です。

以上、引用です。これより「臨床のサルコペニア」では、上腕筋面積を計算して男性28以下、女性21以下かを評価し、次に握力と歩行速度を評価してどちらかが低下していればサルコペニアと診断するのがよいと考えます。上腕筋面積の計算も面倒であれば上腕周囲長か下腿周囲長で判断することになります。

ただし記述研究であっても「臨床のサルコペニア」の臨床研究を行うのであれば、上腕筋面積でサルコペニアを判断するのがよいと思います。もちろんCT、MRI、DEXA、BIAのいずれかで評価できればなおよいと考えます。

「臨床のサルコペニア」に関する臨床研究がほとんどないため、サルコペニア=狭義となりがちなのが現状です。老年医学ではこれでよいと思いますが、リハやNSTの臨床現場ではこれでは困ります。「臨床のサルコペニア」に関する臨床研究を、記述研究でよいので多くの医療人に行ってほしいと思います。

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