佐藤郁哉・芳賀学・山田真茂留 著『本を生みだす力』―学術出版の組織アイデンティティ、新曜社を紹介します。
http://www.shin-yo-sha.co.jp/mokuroku/books/978-4-7885-1221-4.htm
出版社や編集者の方々がどんな人たちでどのようなことを考えているのか、執筆者と編集者の関係はどうなのか(どちらも知識労働者で相互依存の関係=お互いに社会関係資産・人脈資産にありますが、編集者のほうがもちろんマネジメントの要素が大きい)、出版業界の現状と今後の課題、査読あり論文(書籍ではなく)を重視しすぎることへの警鐘、経営的には厳しい書籍を出版することによる象徴資産の獲得への出版社の対応など、初めて知ることが多く個人的にはとても学びになりました。
ただ、人文・社会科学系の出版社と医学系の出版社では異なるところもあるかもしれません。私は医学系の出版社や編集者の方々との関係しかありませんので。それでも視点が広がった感じがします。
このような学びが多い要因として、私の無知もありますが(笑)、質的研究:事例研究、組織エスノグラフィーとして、とてもこの書籍が優れているからだと思います。584頁とかなり厚い書籍ですが、査読あり論文ではなく書籍だからこそ、内容的により優れていて、私が出会うことができたのだと思います。質的研究の学習としてもおすすめできる書籍です。
人文・社会科学系は自然科学系と異なり、査読あり英語原著論文でインパクトファクター至上主義だけでなく、このような書籍(特に単著の場合)に対する業績評価が高いそうです。科学観、価値観がかなり違うことを知りました。
ただ、人文・社会科学系も方向性としては査読あり論文重視の方向に向かっているようです。質・量ともに分厚い書籍より質・量ともに薄い複数の論文のほうが、業績としての価値が高いということになってしまうと、良書に出会う機会が少なくなるのでさびしいですね。査読あり論文の重要性を否定するわけではありませんし、書籍もピンキリであることはわかりますが。
目次
まえがき
序章 学術コミュニケーションの危機
一 「出版不況」の一〇年
二 出版事業者の経営危機
三 ベストセラーと書店の賑わい
四 利益無き繁忙と「一輪車操業」
五 出版不況と学術コミュニケーションの危機
六 出版社における刊行意思決定をめぐる問題
ゲートキーパーとしての出版社
七 本書の構成
第Ⅰ部 キーコンセプトゲートキーパー・複合ポートフォリオ戦略・組織アイデンティティ
第1章 知のゲートキーパーとしての出版社
一 文化産業と「ゲートキーパー」(キーコンセプト①)
二 学術知のゲートキーパーとしての出版社
三 組織的意思決定としての刊行企画の決定
四 「複合ポートフォリオ戦略」(キーコンセプト②)
五 「組織アイデンティティ」と二つの対立軸キーコンセプト③
【用語法についての付記】
第Ⅱ部 事例研究三つのキーコンセプトを通して見る四社の事例
第2章 ハーベスト社新たなるポートフォリオ戦略へ
はじめに
一 ハーベスト社の歴史
二 現代的変化の背後にあるもの
三 小規模学術出版社に特有の事情
第3章 新曜社「一編集者一事業部」
はじめに
一 創業から経済的自立まで
二 新曜社における刊行ラインナップの特徴
三 新曜社における刊行意思決定プロセスの特徴
編集会議を無くした出版社
四 刊行ラインナップと「人脈資産」
五 新曜社が持つ組織アイデンティティと四つの「顔」
第4章 有斐閣組織アイデンティティの変容過程
はじめに
一 法律書中心のラインナップ
二 分野拡大の功罪
三 コア戦略への回帰
四 テキスト革命の進行
五 標準化された構造と過程
六 強力なテキスト志向市場への敏感さ
七 編集職の自律性
八 組織アイデンティティの多元性・流動性・構築性
第5章 東京大学出版会自分探しの旅から「第三タイプの大学出版部」へ
はじめに
一 成長の歴史
二 出版会と出版部のあいだ
三 東大出版会の誕生
四 組織アイデンティティをめぐる未知の冒険
五 「理想と現実」二つのタイプの大学出版
六 内部補助型の大学出版部におけるゲートキーピング・プロセス
第Ⅲ部 概念構築四社の事例を通して見る三つのキーコンセプト
第6章 ゲートキーパーとしての編集者
一 編集者という仕事
二 編集者の専門技能とそのディレンマ
三 「ゲートキーパー」としての編集者像再考
四 編集者の動機をめぐる現代的危機
第7章 複合ポートフォリオ戦略の創発性
一 刊行目録と複合ポートフォリオ戦略
二 刊行計画とタイトル・ミックス
三 「包括型戦略」としての複合ポートフォリオ戦略
四 複合ポートフォリオ戦略の創発性
五 複合ポートフォリオ戦略と組織アイデンティティ
【補論 複合ポートフォリオ戦略の創発性をめぐる技術的条件と制度的条件】
第8章 組織アイデンティティのダイナミクス
一 文化生産における聖と俗
二 組織アイデンティティの多元性と流動性
三 職人技をめぐって
四 協働の仕方と成果
五 学術出版組織の四つの顔
六 四社の事例のプロフィール
第Ⅳ部 制度分析文化生産のエコロジーとその変貌
第9章 ファスト新書の時代学術出版をめぐる文化生産のエコロジー
一 学術書の刊行と文化生産のエコロジー(生態系)
二 教養新書ブームの概要
三 ファスト新書誕生の背景
四 学術出版をめぐる文化生産のエコロジー日本の場合
五 「ピアレビュー」と学術出版をめぐる文化生産のエコロジー
米国のケース
六 ギルドの功罪
第10章 学術界の集合的アイデンティティと複合ポートフォリオ戦略
一 大学出版部のアイデンティティ・クライシス米国のケース
二 RAE(研究評価作業)と学術界の集合的アイデンティティ
英国のケース
三 「ニュー・パブリック・マネジメント」と学術界の自律性
日本の場合
あとがき
付録1 事例研究の方法
付録2 全米大学出版部協会(AAUP)加盟出版部のプロフィール
注
文献
事項索引
人名索引
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